横浜地方裁判所 昭和30年(行)6号 判決 1956年7月14日
原告 石渡静江
被告 藤沢税務署長 外二名
主文
原告の請求をすべて棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
原告訴訟代理人は「(1)被告等三名と原告との間に被告藤沢税務署長飯田利男が、被告中野一郎に対する滞納処分として、同被告所有にかかる別紙物件目録記載の建物(以下本件建物と言う)につき、昭和三〇年三月三〇日なした被告鈴木留吉を取得者とする公売処分の無効であることを確認する。(2)原告に対し、被告等三名は前記建物につき昭和三〇年三月三一日横浜地方法務局藤沢出張所受付第二、〇九八号をもつてなされた被告鈴木留吉を取得者とする、所有権取得登記の抹消登記手続をせよ。(3)原告に対し被告等三名は、前記物件につき抹消された右出張所昭和一六年五月三〇日受付第二、一九九号所有権取得登記、昭和二九年六月一〇日同出張所受付第四、四三〇号の抵当権設定登記及び同年同月同日同出張所受付第四、四三一号の停止条件付所有権移転請求権保全の仮登記の各回復登記手続をせよ。(4)訴訟費用は被告等の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として、
一、原告は被告中野に対し、昭和二九年六月一〇日金一五万円を、利息年一割、弁済期昭和二九年七月一〇日、弁済期後の損害金一〇〇円につき一日五〇銭の約で貸付け、その所有に係る本件建物につき、右債権担保のため抵当権の設定をうけ、同日横浜地方法務局藤沢出張所受付第四、四三〇号を以て、抵当権取得の登記をし、同時に右債権を期限に弁済しないときは代物弁済として本件家屋を原告に譲渡すべき旨約定し右出張所受付第四、四三一号を以て所有権移転請求権保全の仮登記をした。
二、被告藤沢税務所長は、被告中野に対する国税滞納金を徴収するため、滞納処分として、昭和三〇年三月三〇日同被告所有の本件建物を六九万九千円と見積り公売に附し、被告鈴木に対し、七五万円で落札を許した。そして、同年同月三一日横浜地方法務局藤沢出張所受付第二、〇九八号を以て、被告鈴木を所有者とする所有権移転登記がなされ、原告の有する前記抵当権取得登記及び所有権移転請求権保全の仮登記並に被告中野一郎のためにする同出張所昭和一六年五月三〇日受付第二、一九九号所有権取得登記は、いずれも登記官吏の職権によつて抹消された。
三、然しながら、右公売処分は、次の理由により違法無効のものである。
(1) 国税徴収法第二六条に違反する、即ち被告中野と被告鈴木との間に、後日前者が後者に落札金を償還して本件建物の返還を受ける約束で、被告鈴木名義で落札したもので、実際は本件建物の所有者で滞納者である被告中野が落札したものであるから無効である。
(2) 国税徴収法第二四条、同法施行規則第二六条に違反する、即ち本件建物は、昭和二九年度の固定資産税評価額でさえ八二万円に査定されており、公売当時の時価は一五〇万円相当の価値を有し、右見積価格及び公売価格は、これに比し著るしく低廉で、かかる不当に廉価な価格による公売処分は滞納者の財産権並びに本件建物に対する抵当権者の権利を不当に侵害するから無効である。
四、よつて、原告は被告等三名に対し
(1) 被告藤沢税務署長が、被告中野に対する国税滞納処分として、昭和二五年五月二二日横浜地方法務局藤沢出張所受付第三、八六一号を以て差押えた本件建物に対して、昭和三〇年三月三〇日被告鈴木を落札者としてなした公売処分の無効確認と
(2) 被告鈴木を権利者として、昭和三〇年三月三一日右出張所受付第二、〇九八号を以て、本件建物についてなした所有権移転登記の抹消手続と
(3) 本件建物につき抹消された右出張所昭和二九年六月一〇日受付第四、四三〇号の抵当権設定登記、同出張所同日受付第四、四三一号の所有権移転請求権保全の仮登記、同出張所昭和一六年五月三〇日受付第二、一九九号の所有権取得登記の各回復登記手続を求める。
と述べ、被告藤沢税務署長の本案前の抗弁に対し、
被告藤沢税務署長は、原告が滞納処分の差押登記後の抵当権取得者であるから、差押債権者たる被告藤沢税務署長や落札者たる被告鈴木に対抗し得ない。と主張するが原告は滞納処分による差押そのものを争つているのではなく、右差押に基く公売処分が、国税徴収法第二四条及び二六条の規定に違反して無効のものとして争つているものであるから原告は同法第二八条二項の抵当権者として、法律上の利害関係人の地位にあるから被告藤沢税務署長の抗弁は理由がない。
と述べた。(立証省略)
被告藤沢税務署長指定代理人は、本案前の抗弁として、「本件訴を却下する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、その理由として、
被告藤沢税務署長が、被告中野に対する滞納処分として本件建物を差押えたのは昭和二五年五月一九日であり、右差押を登記したのは同月二二日である。然るに原告は、右差押登記後の昭和二九年六月一〇日本件建物につき、被告中野との間に抵当権の設定をなしたというのであるから、本件差押が有効である以上原告は差押債権者たる被告藤沢税務署長及び落札者たる被告鈴木に対しては、右抵当権の設定を以て対抗できないものというべきであるから、原告は本件公売処分の無効確認を求める訴の利益がなく、被告藤沢税務署長に対する原告の訴は、不適法な訴として却下せらるべきである。
と述べ、本案につき主文同旨の判決を求め、答弁として、原告主張の請求原因事実に対し、
第一項中、本件建物につき原告主張の年月日に抵当権設定登記及び所有権移転請求権保全の仮登記がなされたことは認めるが、その余の事実は知らない。
第二項は認める。(但し被告中野一郎の所有権取得登記の抹消せられたことは否認する)
第三項は争う。
(1) 本件公売処分においては、被告鈴木が入札に参加し、且つ、同人が公売代金を納付しているのであるから、原告の主張は理由がない。
(2) 本件建物の公売処分当時の時価が一五〇万円であることは否認する。昭和二九年度の固定資産評価額が八二万円であることは知らない。本件公売の見積価格六九万九千円及び落札価格七五万円はいずれも妥当な価格である。
と述べた。(立証省略)
被告中野、同鈴木両名訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、答弁として、被告藤沢税務署長と同旨(但被告中野が原告よりその主張のような金員を借受けたことは否認する)の陳述をした。(立証省略)
理由
一、被告藤沢税務署長の本案前の抗弁について判断する。
原告の本件建物に対する抵当権及び所有権移転請求権保全の仮登記が被告藤沢税務署長の本件建物に対する差押登記の後、公売処分前になされていることは当事者間に争がない。
従つて右原告の抵当権等は被告藤沢税務署長の右差押に対抗できないことは明かであるが一面原告の主張するように本件家屋の公売金より被告中野に対する滞納税金並びに滞納処分費を控除してなお残余があれば、原告は抵当債権者として当然配当を受くべき地位にあるから、原告は本件公売処分に利害関係を有し、その処分の無効確認を求める利益があるものと言うべく、被告藤沢税務署長の主張は理由がない。
二、次に本案について判断する。
1 本件建物につき、原告のため、原告主張の抵当権設定並に所有権移転請求権保全の仮登記のなされていたことは当事者間に争がなく、反証のない本件に於ては、原告は、被告中野に対し、右登記に吻合する実体的権利関係を有するものと認められる。
2 被告中野に国税滞納があり被告藤沢税務署長が右国税を徴収するため滞納処分として昭和三〇年三月三〇日被告中野所有の本件建物を六九万九千円と見積り、公売に附したところ被告鈴木名義をもつて七五万円で入札し、被告税務署長は同人に右価格で落札を許したことは当事者間に争がない。
(A) 右公売処分が国税徴収法第二六条に違反するとの主張について、
本件公売が鈴木名義をもつて入札がなされたことは当事者間に争がなく、本件にあらわれた全証拠によつても滞納者である被告中野が国税徴収法第二六条に違反して本件建物を落札した証拠がないから、被告鈴木を適法な落札者と認めるのほかはなく、原告の右の点に関する主張は理由がない。
(B) 本件公売処分が国税徴収法第二四条、同施行規則第二六条に違反するとの主張について、
本件公売処分の見積価格が金六九万九千円で、落札価格が七五万円であることは当事者間に争がない。
成立に争のない甲第七号証の四乃至七、同第九号証、同第一一号証の一乃至四に、証人北村晴雄、同平子大次郎、同立川嘉助の各証言を総合すれば前記見積価格は、公売見積価格として妥当なものと認められ、右価格を妥当と認める以上その価格を超過する七五万円の公売価格を不当と認めることはできない。もつとも成立に争のない甲第一号証によれば、本件家屋の昭和二九年度の固定資産評価格が金八二万円であることを認めうるが、固定資産評価格を多少下まわる右公売価格による公売を直に違法と言うことはできない。
三、はたしてそうだとすると、原告の本訴請求はその他の判断をするまでもなく失当であるからこれを棄却し、訴訟費用は敗訴の原告に負担させ、主文の通り判決する。
(裁判官 地京武人)
(目録省略)